読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

全部全部雑記

思ったことを恥ずかしげも無く

上野へ

大英自然史博物館展を見に、上野に行ってきた。梅は満開。桜は日の当たるところなのか、養分が良くいくところなのかわからないが、ちょっと咲いていた。お花見している人もちらほらと。日は差していたけれど、風は冷たかった。

平日なのに上野公園は混んでいて、たくさんの人がいた。黄色人種が最も多く、白人、黒人もいた。国はわからない。大英自然史博物館展も整理券を配っていて、わりかし混んでいた。

 

展を見て、つくづくヒトの残酷さを思う。大英自然史博物館オープン時の目玉だったという、ハチドリの展示は邪悪さすら感じた。シルバニアファミリーのお家くらいのガラスケースのなかに木をあしらって、これでもかというぐらいハチドリが備えられている。

自分もそれを美しいと感じた。悲しいがそう感じた。キリンの首の中ばから上だけの剥製など展示されていたが、悲しいことにやはり美しい。「大英」からの海外へのエキゾチックな視点を思えば、当時この剥製をみたときの感慨も一層強いものだったろうと思う。

相手を殺してでもわかりたいと思うほどの強い好奇心はきっとあるのだろう。そしてそれを美しく保存したいというのは良く解る。そういった先人が圧倒的な魅力を誇る生物学の研究に一役買っているのはいうまでもない。とてつもなく尊敬。

 

今回の目玉(?)の始祖鳥も良かった。レプリカは福井にいったときに見たけことがあったが、自然史博物館の始祖鳥は、数少ないその化石の中でも保存状態が良く、骨がしっかり残っていることがわかる。研究も進めやすいだろうと思う。

始祖鳥の化石というとベルリンのあの形が思い浮かぶ。あれはもう、とにかくいい死に様である。始祖鳥には申し訳ないが。化石になるならあんな風に化石になりたいと思わせる逸品。また日本に来たら見に行きたい。

始祖鳥というだけあって、この生物以降の鳥っぽい生物は鳥類に分類されているらしい。始祖鳥以前の恐竜から進化した鳥っぽい生物は恐竜と分類される。恣意的だが、それくらいしないと、そもそも上手く分類などできるはずがない。それにしても、恐竜から進化していく過程で、鳥的な形質を獲得できたとして、なぜ空を飛べるようになるのか。自分にはやはり理解不能。ウン千万になる時間が解決しているのだろうか。福井の恐竜博物館にいた、同期の知り合いという研究者の方に、時間の感覚は慣れるのかと尋ねたところ、恐竜くらいなら「最近」という言葉を使うこともあるという。末恐ろしい... この方には研究者ならではのコアな解説をして頂いて、ありがたかった。

 

出口に大英自然史博物館展ガチャがあったので回したら、狙いの始祖鳥がでて声が出そうになった。「呪われたアメジスト」とかじゃなくて本当に良かった。

f:id:ryoutaani:20170325032709j:image

 

 図版も2000円とは思えない充実ぶりで、買いの一言。大英自然史博物館展というだけあって、まさに博物誌的にまとめられていて、一冊の読み物としてかなり楽しめる。図録というと値段設定は2000円前後で、小論が最初か最後にちょっと乗っているくらいで展示の解説などは薄いが、この図録はとにかくテクストが多い(もちろん博物館展だからといのもあるが)。一つの展示につき一つの小さな簡素な説明があり、これが良い。著名な研究者が2ページくらいのコラムを書いていて、これも面白い。写真も美しい。行ったなら買ったほうがいいと胸を張ってオススメできる一冊。

 

時間があったのでさらにVOCA展を観覧。ちょっと自分は平面を鑑賞する能力が低いと感じる。コンセプトすら説明を見ないとわからないし(つまりわからない)、平面からなにかを感じとることができない。せいぜい写実的かどうか。近代止まりである。ポロックのコンセプトはわかるし面白いが、それが感情にどうくるのかイマイチわからないというのが、さらに酷くなった感じ。無念だ。

 

上野のカラスはとにかく立派だと思う。眼をつつかれたら眼底まで届きそう。食料も住処も豊富なんだろう。彼らがある恐竜の進化の現在的な果てというのは、やはり不思議だ。自分と猿のほうがよっぽど近い。横に比較できる恐竜がいればと思う帰り道だった。

またこんな時間になっちゃった。明日は祖父の家を片しに行く。おやすみ。

夜行性のケモノ

自分は夜行性の生き物なんじゃないかと思う。朝起きてもとにかくダルいだけで、ぼーっと携帯を眺めて、気づくと寝ている。夜に生きる生物になりたい。

いっそ夜に働くという手があるけれど、夜働ける場所はだいたいアルバイトでしょう。皆様が昼に活動しているのが悪い。そもそも日光が明るいのが悪い。

眠らない街、歌舞伎町でホストとして生きる。女の子と話せないし、お酒も飲めない。そういえば、この前歌舞伎町をウロついた。意外とこじんまりとしていた。

 

樹下太郎の掌編に「夜に別れを告げる日」というものがある。地球規模で人工太陽を打ち上げる計画が実行される。その前日の地球の様子を描いた短編である。夜を無くすなんてけしからんと思うし、否定的な話になりそうなものだが、「夜に別れを告げる日」はむしろ、多少の悲壮感はあるものの、祝祭的にその一日を描いている。良い短編である。

明日は昼間に活動したい。おやすみと言う。

モンスターを狩っている

罪のないモンスターを殺して素材を手に入れて、装備を強くしてさらに強い罪のないモンスターを殺している。

物語の弱い殺戮ゲームがそれでも根強い人気を誇るのは、攻撃的な欲望がうちに潜んでいるからだと感じざるを得ない。比較的おとなしい自分でさえ殺戮を楽しんでいる。

 

今日は学校までドライブして、書類をゲットしにいった。県境になっている大きな川を渡る。橋からみると、土手の菜の花が盛りだった。一面黄色で、生えすぎていてちょっと気持ち悪いと思う。

山ほどの車とすれ違うけれど、みんなどんなことを考えて運転しているのだろう。

 

さようなら三連休

弟とずっとモンハンしていたら、いつの間にか3連休が終わっていた。そして生活リズムが完全に崩壊した。

 

兄弟とゲームができるというのは良いことだと思う。とにかく煽りあいながら、ずっとやっている。

子どものころからゲームをやっていたという人で、車の運転が本当に苦手な人を見たことがない。これを勝手にマリオカート理論と名づけると名づけている。実際に検証してみたら相関性が出ると、これも勝手に思っている。

車の運転が苦手なのは女の子に多い印象だけど、ゲーム経験の有無に関係があるかもしれない。そもそも偏見かもしれない。

 

送別会

バイト先で送別会をしてもらった。自分のバイト先はブラックなバイト先というイメージがある気がするけれど、そこまでではなかったと思う。労働環境は業界で決まるというより、働く場所によるとしか言いようがない。

2年くらい働いただけで、お花や個人的なプレゼントを頂いたりと至れり尽くせりでむしろ恐縮してしまった。

 

終電で最寄駅について、お花とプレゼントを前カゴに入れて自転車で帰る。今日は暖かかったので上着は着ていかなかった。

終電が一緒だった知らない女の子と、帰る方向が全く一緒で困った。自転車を置いた場所をすぐ忘れてしまうので、駐輪所で毎回うろうろしている。そんなやつがずっと後ろからついて来たら、きっと怖いだろうと思うのだ。こういう時、どうすればいいんだろう。前カゴにお花を入れたストーカーの事案。もう春だし。

花は桜木、芋はジャガイモ

昨日は本当にジャガイモしか食べなかった。ポテトチップスとプライドポテト。美味しすぎる。

ジャガイモは芋界の桜である。これにはサツマイモ側からの反発がありそうだが、諸説あるということにしておこうと思う。

そしてポテトチップスはスナック界の桜である。異論は認める。

それにしても、地元のスーパーにはサワークリームオニオン味のポテチが少なすぎる。コンソメパンチとか減らして代わりに置こう?

声のこと

しゃどばすチャンネルという、スマホゲームの声優さんがやっているラジオを聴いた。声優好きになっちゃいそう。

 

声について思ったこと。

第二次性徴で声変わりが始まって男女の差異化が起きるという点をみても、声は本来性的なものだと思うが、普段から触れているせいなのか意外とそう感じない。「処女膜から声が出てない」という迷言を聞いたことがあるけれど、この迷言は露骨に声を性的にとらえている。

視覚を満足させることなどインターネット世代の我々には、いとも容易い。声優がアイドル的に扱われるのが目立ってきたのは、2000年代くらいからなのではと勝手に思っている。それは視覚的に満足する方法が容易になっていくなかで、聴覚にシフトしていくという流れなのかもしれない。初音ミクとかが流行るのもそれなのかもしれない。

エッチな動画を音声なしで見るのはきついと思う。やったことないけど。

おやすみ。