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全部全部雑記

思ったことを恥ずかしげも無く

覆せないマウント

「マウントしている」といってマウントする以上に、返せないマウントはない。

「『マウントしている』といってマウントしている」と批判すれば、それがマウントしているといってマウントされるからである。

言葉遊びめいてくるが、これが続いていく。

頭の中に、延々と上下を入れ替えながら転がっていく人間の絵がうかぶ。

 

「『マウントしている』と非難することは、マウントしているわけではない。」これはありうる反対意見だが、「マウントしている」と非難している対象にも全く同じことを当てはめなければおかしい。「マウントしている」と非難されている側が、「マウントしているつもりはない」といったら、はいそうですかマウントしてませんねとなるのか。

端的にいって、マウントしているしていないの判断の基準が無い。

「マウントしている」と非難している人たちは、僕にはマウントしたがっているようにしか見えない。そして、これもマウントなのかもしれないと考えてしまう息苦しさ。

批判全てがマウントという言葉に吸収されていくような虚無感。

マウントという概念を安易に使う人たちに、自意識があるのか疑問である。自分の批判が「それマウントじゃないんですか?」と非難されたときに、どう弁明するのだろう。

心の平穏が乱れるので、こういう人たちには近寄らないようにしたい。~アピールという言葉を非難に使う人も同じで、近寄りたくない。

 

今日からの目標:なるべく楽しいことを書くようにする。